コロナ禍の宮古島は。
色々考えて、結局行った今年の宮古島。
今は、台風で大変な宮古島ですけれども・・・。
miyacoたちは、今年も例年通り宮古島へ行ってきました。
ギリギリまで迷ったのですけれど、
県知事さんが、沖縄県民には移動の自粛を求め、観光客には「具合の悪い人は来ないで」「きちんと対策をして」
とのことで、宮古島もそれに準ずるという感じだったうえ、
miyacoたちが住んでいる県では、移動の自粛は求められていないことなどを考えて、
結局、頑張って行ってきました。
今現在みんな元気なので、無事に過ごせたという事なのでしょうけれども、
本日は、コロナ禍での宮古島の事をお伝えしたいと思います。
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報道と違うように見えてしまう宮古島。
miyacoたちが宮古島へ行った時は、
それこそ、シギラリゾートの従業員さんが感染したすぐあとあたりです。
県立病院の職員さんから始まり、キャバクラクラスターなど、割と一番危機感をもっているような時期だったと思います。
西里あたりのお店では自粛が求められ、病床数が心配されていた頃ですかね。
実際、miyacoが住んでいる町よりも宮古島のほうが感染者が多くなってしまっていました。(人口比は除きます。)
島民の方はさぞピリピリしているだろうと覚悟して行ったのですけれど、
miyacoたちがかかわりあうのが「観光業」の方たちだけだったからかもしれませんが・・・。
物々しい雰囲気だったのは、宮古島空港のゲートのところだけ。
そこにサーモを見ている方達が座っていて、
ここだけはいつもと違う感じがなんとなくしましたが、
その一角以外は、マスクこそしていますが、ふつーにレンタカー屋さんが看板をもって立っていて、
別にソーシャルディスタンスを気にしているというわけでもなさそうで・・・。
いつも通りにフレンドリーに語り掛けて来て、
ふつーに近づいて荷物を積んでくれるし、
あまりに普通で、こちらのほうが躊躇してしまいました。
miyacoたちは、消毒液と除菌シートを持ち歩き、事あるごとに手指の消毒、トイレを使用する時には除菌シート使用、
とにかく人とは距離をとり、なるべく喋らない事を徹底して宮古島に着いたのですけれど・・・
報道で言っているような緊張感は全くなく、
マスクがなければ全くいつもと一緒な宮古島がそこにはありました。
なんかちょっと、
拍子抜けしたというか・・・。
miyacoたちが行く前だか後だかは忘れてしまったのですけれども
お亡くなりになった方もいらっしゃいますし、
「観光業」ではない島民の方は、もっと違った感じだったのかもしれませけれど。
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解放感すごすぎ。
miyacoたちは、いつも通り今年も「与那覇前浜ビーチ」「シギラビーチ」
それから「新城海岸」に行ったのですけれど・・・。
海で働いている観光業の方たち、
例えばパラソルの貸し出し、アクティビティの申し込み、売店の方たち、
全員ノーマスクです。
まあ、熱いので熱中症のほうが心配なのかもしれませんけれど、
みんなへっちゃらで普通に語り掛けてくるので、
下手すると、「コロナ」の事なんて忘れます。
しかし、我が家は、人と話をする時は全てマスク着用。
アクティビティの申し込みも、売店でも。
かなり目立ちます。
そんな人いませんから。
そう、いないんです。
スタッフも客も、そんな人はいないんです。
多分みんな忘れています。今がコロナ禍だという事を。
miyacoたちだって4泊もしていれば、だんだん意識が薄くなっていってしまうんです。
でも、我が家には
👹のようなダンナがいますので、
なんとか4泊乗り切りました。
そして、もうすでに二週間以上の時間がたっているので、
移してもいないし移されてもいないはずです。
よかったです。
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かなり疲れるコロナ禍の旅行。
という事で、
無事には帰ってきたのですけれど、
正直言って、コロナ対策をしながらの旅行は疲れました。
これが上手くいけば、こちらも恒例となっている冬のスキー旅行にも行こうかと思っていたのですが、
あまりに疲れたのでどうしようか考え中です。
「万全な対策をしてほしい」
と宮古島市長さんもおっしゃっていたので、最後まで頑張ったのですが、
■食事はすべて「屋外」
■人と話す時にはマスク
■エレベーターは極力使わない。(他人と一緒に乗るのをさけるため)
■何かするたびに消毒・除菌
■人に近づかない
こんな事をしながらする旅行は、かなりしんどかったです。
せっかく行ったのなら、感染対策をしながら楽しみたいのですけれど、
まあ、なかなか大変。
帰宅したらどっと疲れました。
楽しくない訳ではないんですけれどもね。
まあ、そんな感じで、
次回から、「コロナ禍での宮古島旅行」についてお伝えしていこうかなと考えております。
よろしくお願いします。
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